「治らずに治った」

「治らずに治った」という「倉田百三さんの言葉」があります。
これに、森田正馬先生が不十分だと意見しました。
なぜですか。
合掌低頭






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.24 2013 全治 comment8 trackback0

「眼前」

「眼前」だけ。つまり「眼前」もありません。
「眼横鼻直にして他に瞞ぜられず」
(道元禅師)
「因」「縁」に従い事実だけです。
「他にだまされる」というのは「自分に」です。
「自分」がない時「事実」もありません。
合掌低頭






.17 2013 あるがまま・如如 comment11 trackback0

「非認知療法」

「真実は、認知に属さず、認知しないことにも属さない」とあるとおりです。
認知・分別することで事実から引きはがされ「ふたつ」になってしまう。
「分かる」ことは「迷い」です。
「わからなさ」とは「あるがまま」です。
それは、(「見解」が出る以前の)事実生活に現成しています。
合掌低頭






.10 2013 あるがまま・如如 comment28 trackback0

春は花、夏ほととぎす、秋は月、冬は雪・・

「春は花、夏ほととぎす、秋は月、冬は雪・・」(道元禅師)とあるとおりです。
「自己究明」の「自己」とはそういうことです。
「このブログ」、「宇佐先生の話」も、「道元禅師や釈尊をはじめ祖師方の語録」も、「仏教」も、「説明概念」であり、事実そのものでない「虚構」ですので、手放さず残しておかないようご注意ください。
「神経症」も「全治」も、「生」も「死」も、「迷い」も「悟り」もありません。認識以前の事実があるようにあるのです。
「考え」の世界を離れていただけるよう、「宇佐療法というお膳立て」が用意されておるのです。
合掌低頭








.03 2013 道元禅師 comment25 trackback0
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