知らなさ、決められなさ、分からなさ

この療法では、認知すること、分かることは、重要ではないのです。
むしろ、それは、「事実」から隔てを作るから「迷い」です。
大切な事は、知らなさ、決められなさ、分からなさです。
つまり、分からなさで言えば、分かる・分からないに属さないのです。
それを「全治」と言います。

合掌低頭



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.25 2014 他の療法との違い comment2 trackback0

コミュニケーションを持たない


講話で話されるコミュニケーションを持たないとは、
言葉・考え・治療法・コツ・教えという手段・媒介となるもの抜きに直接的にそのものになるということです。
(「これが自分」という介在がないとも言えます)

合掌低頭



.18 2014 あるがまま・如如 comment2 trackback0

「教え・理想」を先に掲げる「間違い」


「教え・理想の自分」を先に掲げて、そこに「自分」を作りかえるように持ち運ぶことは間違いです。
療法では、認知行動療法、禅で言えば、習禅です。
ですから、このブログで書かれたことを先に掲げて、そこを目指したら、「自分対自分」になり脱線するのです。
そうでなくて、事実に動かされるのです。

入院生活は、「教え・理想の自分」が先に掲げられてそれに「自分」をあてはめていくような間違いがないように、
いきなり、理から離れた、状況に応じた行ないが、もよおされます。

合掌低頭





.11 2014 他の療法との違い comment24 trackback0

精神療法の副作用

一般の精神療法の副作用は、自己観察・自己概念化が強化されることです。

それは言わば薬害です。精神療法も終わったらその療法概念など、気づきを含めて手放しして、手に持たないことが大事です。

宇佐療法も、同様に、宇佐先生の言葉も、きれいさっぱり忘れてしまう。忘れたことも忘れてしまう。

合掌低頭




.04 2014 他の療法との違い comment1 trackback0
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