「分かること」と「治ること」は別

「考え・分別」は「外向きの道具」として使うと便利ですが、「病気の自分」を認め、「内向き」に使い治そうとする時、「神経症的葛藤」が生じます。
毎回このように、家電にスイッチを入れるように、みずから、「考え」の中で「神経症」を立ちあがらせているのです。
治そうと、「分別」「分かること」を尽きつめて行けば行くほど、治りません。

ところが、「外向き」の活動の瞬時、おのずと、「治そうとすること」がやんでいるのです。
「治そうとすること」がやんでいる状態=「全治」と仮に呼ばれる状態です。
知らないうちに。
分からないうちに。
「治っている瞬間」というのは、分からないのです。
後で気づくことですが 、実は、すでに「治っているところ」(「治る・治らない」でもない状態)・「解決」済にいたんです。
つまり、「余計な作業(病気と認め治そうとすること)」がやんで、「何もない状態」にもどっただけなのです。
合掌低頭





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.29 2015 全治 comment21 trackback0

「自動思考」

認知療法の用語です。理由もなく勝手に浮かんでくる思考を、「自動思考」と呼んでいます。
それを相手して、実体として認めて、邪魔ものとするから問題になるのです。
勝手に思えてしまう事自体、「私」がやっていない証拠です。
いずれにせよ、「心」に良し悪しなし。浮かんでくる時は浮かんだまま。
合掌低頭




.22 2015 他の療法との違い comment0 trackback0

「全治」は「全治」知らず

「全治」という得るものがあり、残ると面白くないのです。あるいは、「自分」が得たのだとすると面白くないのです。
治ったのは私だけというブログがあるようですが、それは、別の「病」のはじまりです。
合掌低頭




.15 2015 他の療法との違い comment0 trackback0

「自分」磨き

磨くべき「自分」を認めて持たない。
持ちようがないのです。
合掌低頭




.08 2015 他の療法との違い comment1 trackback0

「心のケア」

最良の「心のケア」はケアしないことです。
つまり、ご「本人」の「生活上必要」な「外向き」の事だけです。
合掌低頭




.01 2015 他の療法との違い comment2 trackback0
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