「分かって治ることはない」

「治り」が分からないことが本当です。
合掌低頭




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.28 2016 全治 comment4 trackback0

「不安な心」-3

「不安」な時は「不安」、それを「大安心」と仮に呼ぶのです。
「心の平安」を求め「安心」に変えようとするから「迷い」になる。
「心に良し悪しなし」。
「心」が「主題」ではないのです。
合掌低頭





.21 2016 あるがまま・如如 comment0 trackback0

「不安な心」-2

取り出せない「不安な心」を取り出して虚構の作業するのが、多くの「精神療法」です。
用事したいとしても「用事する心」は取り出せない。
「心に用事なし」。
合掌低頭




.14 2016 他の療法との違い comment3 trackback0

「不安な心」

二祖慧可大師は、「心が不安です。どうぞ私の心を安らかにしてください。」と問う。問われた達磨大師は「その不安な心をここに出してみなさい。そうしたら、安心させてあげよう。」 と答えられた。 二祖は「その心を探し求めましたが、ついに見つかりませんでした。」と。達磨大師は、「ないなら、安心ではないか。」と言われた。
ご承知の問答ですが、「ついに見つかりませんでした。」と本など読むと即答したように受け取れますが、実は、答えるまでに二祖は、15年かかったと聞いております。
いろいろあたって、失敗し、苦悩し、涙も枯れ果て、行き詰り、のた打ち回って、行を経て、祖師方の言葉は表出したのです。
時間をかけ苦労すればよいというわけでもないですが、「本」ばかり「情報」ばかり「教え」ばかりで「実践」がない方は知るべきです。
合掌低頭




.07 2016 あるがまま・如如 comment0 trackback0
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