「自己肯定」「自己否定」

「この療法は何をどう治してるんかと言いますと、自分を、これでいいという自己肯定、これではいけないという自己否定、どっちも自分についての考えでありますから、そういう考えたものを全部やめにして、自分はこうだという考えの前にある事実で生きていくことです。」
(宇佐晋一)

「治った状態」は、「悪い自分」が「良い自分」に変わったという「考え方」が変わったのではすまないのです。
合掌低頭




スポンサーサイト
.29 2016 他の療法との違い comment2 trackback0

「知らない・分からない・決めない」

「知る・分かる・決める」ということは「外向き」のツールとして使うのは良いのですが、
使われないように気を付けてください。
「知る・分かる・決める」ということは、それだけ事実から「距離」ができるということです。
合掌低頭




.22 2016 他の療法との違い comment10 trackback0

「教え」

この「療法」には「神教」のような「教え」「思想」がありません。
今の「自分」は☓だから、「教え」に従って〇に、さらに◎になるように、
最終的には「理想の自分」「神」に近付くため学習訓練することとは別ものです。
こういう「修行」はどこまで行っても「二元相対」から脱することができません。
「教え」がないから、「洗脳」もありません。
合掌低頭




.16 2016 他の療法との違い comment2 trackback0

「薬」

問題(症状)を「薬」として飲んでくださいと宇佐先生は言われます。
問題(症状)を「薬」として飲んでくださいという「考え」をもって、「自分」を取り扱わない。
「内向きの努力」になってしまうからです。
実際には、生活あるのみです。
合掌低頭




.08 2016 他の療法との違い comment1 trackback0

玄雄先生の体験

 ボーっとしてまったく勉強できなくなり、悩んでいたところ、精神科医に転地療法をすすめられ休養をとったがうまくいかなかった。その後、精神療法を知らない内科医が言うとおり、ノートを広げ勉強する格好し勉強した。気がつけば、それが「治り」だった。
 何かを学び取って、こうすれば、だんだんに、「治る」というものとは別ものです。
「学習」と関係なく、この時の「生活」上、いきなり、知らずに、「治る」のです。
 それは、「これが神経症の自分だ」という「考え」が組み立てられ治そうとできない時、
つまり、「外向きの活動」に徹していた時です。
合掌低頭




.01 2016 全治 comment10 trackback0
 HOME 

最新記事

最新コメント

カテゴリ

カレンダー

04 | 2016/05 | 06
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -

リンク

月別アーカイブ

最新トラックバック

検索フォーム

RSSリンクの表示

QRコード

QR

カウンター