「宇佐先生はカリスマではない」

宇佐先生から伝えられ教えられるものという実体がないので、宇佐先生とひとつになり、
なくなってしまうのです。
合掌低頭








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.30 2017 注意すること comment2 trackback0

「行茶」

「茶」をいただくことも「修行」です。「外」向きの「作業・生活」です。
かつて相談者が三聖病院診察室に入ると、宇佐先生は「緑茶」「抹茶」を出されました。
それは釈尊が花をつまんで落したと同様です。
合掌低頭







.22 2017 他の療法との違い comment14 trackback0

「神経症と職業」

神経症から離脱した後、仕事を探す方にとって、やりたいことが見つからない、見つかったが機会がないことで悩んでらっしゃるケースも多くあるようです。
やりたいことを先に掲げると職探しが難しくなることもあります。
求めらていることに応じて探していくと良いかもしれません。
合掌低頭






.16 2017 全治 comment0 trackback0

「カンフー」

以前、米TVで「カンフー」というタイトル、デイヴィッドキャラダイン主演、孤児として少林寺で育てられ修行した僧が米国に帰って兄を捜し旅をするという番組がありました。旅の途中、僧はチベットの魔術使いに戦いを挑まれました。魔術使いは僧と同じ者を現わし、僧と戦わせました。僧は、同じ力量の自分と戦うので決着がつかないで消耗するだけでした。すると、回想場面になり修行中の師匠との問答がフラッシュバックされました。その後、僧の戦い方は変わったのです。よく覚えていませんが、視聴者によく分かるような説明もないうちに、相手方は消え、魔術師も退散したという内容でした。
・・・同じ力量の自分と戦うので決着がつかないところ「神経症」に似ていますが、「神経症」にたとえると、なぜいきなり消えたんでしょう。
合掌低頭






.09 2017 あるがまま・如如 comment0 trackback0

「一挨一拶」

「一挨一拶、其の深浅を見んと要す」とありますが、「悟」に「深浅」なし。
「挨拶するもの」も「挨拶されるもの」もなく、「あけましておめでとうございます」が
「その時」あって「その場」で消えただけです。
合掌低頭






.02 2017 あるがまま・如如 comment2 trackback0
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