「承認欲求」

三聖病院退院後、宇佐先生のもとで研修する前に、先生の勧めで真逆の西洋の心理療法を勉強することになり、学校でいろいろな分野の先生、森田療法国際学会を通じて海外の先生ともお話する機会をいただきました。
その中で印象に残ることは、精神分析カウンセラーの大ベテランの先生の話でした。本人の「思いの丈」をすべて聞き、言いたいことは分かりましたという「承認」「癒し」「励まし」を与えて、分析し終わるまでに最低でも30年かかるということでした。その後ようやく、本人の「実際生活」に着手していく「段取り」を整えていくというのです。
それはそれで良いというクライアントがいる限り良いのでしょう。しかし、「その30年の間にしかできないことがあるではないか」、「そんなに歳くって就職できるのか」、「若い時期を棒に振って良いのか」という方もあるでしょう。
「宇佐療法」は、余計な「手間と時間と金」をかけません。流動する「心」を「私の心はこんなに苦しんでいます」というように固定化しようとしません。
ですので、とらえられない「心」を整理しようとせず、「心」おいてけぼりのまま、・・・
いきなり「実際生活」するのです。
合掌低頭






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.27 2017 他の療法との違い comment0 trackback0

「こうすればこうなる」-2

こうすればその結果としてこうなると考えるのは、認知行動療法・マインドフルネスなど多くの療法です。そうした時、そうだったのです。外向きの活動それ自体全治の現われです。
それ自体になる(ありきる)ということが大事です。
合掌低頭






.20 2017 他の療法との違い comment0 trackback0

「努力即幸福」-2

「作業即幸福」と院長先生は平たんに言っておられた。さて、「幸福」とは、世間で思い通りになることを言うようですが、この場合もそうでしょうか。
合掌低頭







.13 2017 他の療法との違い comment15 trackback0

「煩悩即菩提」-2

「宇佐療法」は治さない「稽古」をします。つまり、いきなり「実生活」がはじまるのです。
「縁」によって「悩み」や「不安」は出てきますが、それが「神経症」になるかならないかは、
それらを「病気」と見立てるかどうかで決まります。
「病気だ」と見立てれば治さなければならないとなり、治そうとすればするほど苦しみます。
「これが自分だ」「私流の見方」を忘じないか忘じるかによって、あるがままの事実は「煩悩」になるか「菩提」になります。
忘じようとしてはいけません。つまり、いきなり「実生活」がはじまるのです。
合掌低頭








.06 2017 他の療法との違い comment0 trackback0
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