「生死を超える」

井上義衍老師動画「生死を超える」
http://tensekisha.com/inouegienvideo.html
以上、cafeてんせき舎さんのご厚意でリンクさせていただきました。
この場をお借りして、感謝いたします。
ありがとうございます。
合掌低頭




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.14 2015 お知らせ comment11 trackback0

Comment

丸山
ある脳学者の非日常的な体験の動画
https://www.youtube.com/watch?v=BsSWaYITW4g
を見性だといる人がいるのですが、どうですか?おかんげをおきかせください。どぞよろしく。
2015.09.21 18:20
丸山様へ
「見性」は、「行住坐臥」です。
朝起きた。洗面した。トイレに行った。食事した。木々のにおいがした。救急車の音が聞こえた。月明かりが見えた。ひとつひとつすべてのことが「脱落」です。
「日常」であって、決して特殊な事ではないのです。
「平常是道」と言われるとおりです。
よろしくお願いします。
合掌低頭、不識
2015.09.21 22:35
丸山
そうだと思ってまいた。ありがとうございまし。
2015.09.22 00:20
丸山
すみませんです。誤字脱字失礼しました。
2015.09.22 00:23
丸山
ある掲示板でこいうのありました。
[治った人たちは、屁理屈を言わない。既に宇佐先生以上であり、
道元と同じ心のレベルになっているのです。]

このさ、心のレベルですけど、なんかおかしいと思うですけそ、そもそも、悟りの人道元もわれわれもそ言うの大差ないというか、同じでないでしょうか。ちがいまうか?
2015.09.23 20:12
丸山
誤字脱字すみません。またも
2015.09.23 20:13
丸山
ある掲示板でこういうのもありました。


>『何事も自分の頭で考えることだ』。
>一人の人間が、自分の脳でなく『他の人の思想』に操られるのって哀れなことだ。という言葉は、とても大切なポイントをついているような気がする。

苦しんでいる人に対して、「苦しい、苦しいはそのままで、目の前のやるべきことに手を出していきなさい」と、森田の言葉を使うのは、人間的にどうなのかなって。
その前に、その苦しんでいる人を元気づけたり、癒してあげたりして、目の前のことに手を出していけるよう勇気づけてあげられるような、人間的な優しさが必要なんじゃないかなって思う。』
>>>
よくわからないですけどなんだか違う気がします、誰か説明求む 】

あたしも違う気するんですよ、不識さんそこんとk説明どうすか。もししできたらねがいます。

2015.09.23 20:29
丸山
またも、すみません、おねがいします。
2015.09.23 20:30
丸山様ヘ(9.23 20:12)
>心のレベル

「良し悪し」「深浅」の「レベル」をいう「心」がありません。
よろしくお願いします。
合掌低頭、不識
2015.09.28 00:07
丸山様ヘ(9.23 20:29 )
>自分の脳でなく『他の人の思想』に操られるのって哀れなことだ。という言葉は、とても大切なポイント

「自分の思想」に操られ、自ら、苦悩するのです。

>元気づけたり、癒してあげたりして、目の前のことに手を出していけるよう勇気づけてあげられる

「元気づけ、癒し、勇気づけ」という「心」目的で、自ら、苦悩するのです。

よろしくお願いします。
合掌低頭、不識
2015.09.28 00:09
丸山
だと思ってました。ありがとうございました。またおねがいします。
2015.09.28 19:55

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