「外向き生活」

「外向き生活」というは、「こちら」という位置を認め、そこから、「動け動け」で、「外に向かう」ということではありません。
「こちら」から動こうとする(「自分」中心に動こうとする)と、「これが自分」を認め「自分」で「自分」に注文するので、摩擦が生じ、多くの労力で無理やり動かすことになるのです。
無理やり動かすので「難しい」となる。
「難しい」と概念化すると「難しい」という言葉にくくられ、さらに、「自分」を縛ります。
「考え」が先に立っていることに気づかないんです。
一方、事実が先、つまり、「自分」「外に向かう」「難しい」でくくられないこのとおりです。
「縁」にうちまかせてもよおされるのです。
合掌低頭




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.08 2016 他の療法との違い comment12 trackback0

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2016.02.08 19:51
2016.02.08 19:51
2016.02.08 19:51に 書き込みしました。どうぞ宜しくお願いします。
2016.02.08 19:58
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2016.02.11 21:18
匿名希望
上投稿しましたので御願します。
2016.02.11 21:21
2016.02.08 19:51様へ
概念化された「思想」と、ナマの事実が食い違うということです。それによって「迷い」が生じます。
「法身」として「因縁生因縁滅」で中心のない「このもの」(これもそうとつかめないのですが説明上)を「私」として不法侵入・占領するもんですから、何もないところに、「私」という主語が立ちあがります。
その「私」が生きている死んでしまう、死ぬのがわかっているのになぜ生まれるのか。生きる意味とは何か。「死んだらどうしよう」と概念の世界にはまり、生き生きと生きている事実から離れ苦悩し、「ボケ」「バカ野郎」と言われれば、「この大事な『私』という主体に向かって、何事だ!」となります。
「好き嫌いという思い」が出るだけでしたらかまわんのですが、「好き」を「良い」、「嫌い」を「悪い」と事実化します。事実を無視して「良し・悪しという標準」を立て、それで処理するものですから、「良し」が来る=「幸せ~安心」、「悪し」が来る=「不幸~不安・恐怖」として、「二元分別」します。
「迷い」が生じ、「問題」が起きるというは、概念化された「思想」に振り回されるということです。
「事実」を概念という表現手段に写し取った「思想」という媒体=ナマの事実と思い込んでいるからです。
その「思い込み」を断つには、「考え」の中で作業しても埒(らち)があかない。
「外向き活動・生活そのもの」にありきる、結果的に、断たれてあるのです。
ナマの事実中、「問題」が起こり様がないということを知ってください。
よろしくお願いします。
合掌低頭
2016.02.15 00:05
匿名希望(2.11 21:18)様へ
>認知を転換する方法

「道は知に不知に属さず」のとおり、「仏道」は認知することではありません。
相対二元分別で認知し観察している事とそのままにありきってある事とは、「次元」が違うのです。
そういう本が良いという方もいらっしゃるでしょうから、それはそれとして、そういう方にはいいでしょう。
ここでは、そんな時間の無駄しては、せっかくの「この機」がもったいない、おすすめしません。
よろしくお願いします。
合掌低頭
2016.02.15 00:12
匿名希望
・・・・・
2016.02.15 15:49
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2016.02.15 15:51
匿名希望
上の上すみません投稿失敗しました。上投稿しました御願します。
2016.02.15 15:56
匿名希望(2.15 15:51)様へ
>古い記憶を長々とひきずる傾向があるから、ほとんどの人はエネルギーの場に古い感情的な苦痛の集積を抱えている。私はこれを「ペインボディ」と呼んでいる。
>「ペインボディ」からの解放は、まず自分が「ペインボディを持っている」と認識することから始まる。

認識すれば「迷い」、認識せずは「悟り」です。

「苦痛の集積」「ペインボディ」というように、そういう虚構を実体視して、「良し悪し」つけないことです。
「良し悪し」つけるから、「心の作業」して「神経症」が治らないのです。

それが正しいかどうかは、ご自分の「神経症」が治らないことがその「証」です。

>それからもっと重要なのは、しっかりと「いまに在る」能力と観察力だ。

「いまに在る」と観察した時点で「いま」ではないんです。

よろしくお願いします。
合掌低頭

2016.02.22 00:30
No.730053
「神経症を治すホームページ」で、「森田療法は間違っている。森田正馬も鈴木知準も神経症が治っていなかった」とか、「無為療法は宇佐療法が進化したもの。宇佐先生に説教してやりたい」とか、「今までに神経症が治ったのは自分と雑用の会のメンバーを含めて4人しかいない」とか、「神経症者は気持が悪い」とか、「自分は健康世界の住人」とか書いてるS氏は本当に神経症から脱出しているのでしょうか?
2016.09.25 15:45
No.730053様へ
>「森田療法は間違っている。」

何が違うか詳しく知りませんが・・・現在世界に伝わってる森田療法は、オリジナルの森田原法とは別ものですから、その点では、そうだとも言えます。

>森田正馬も鈴木知準も神経症が治っていなかった」とか、「無為療法は宇佐療法が進化したもの。宇佐先生に説教してやりたい」とか、・・・

宇佐療法、宇佐先生、三省会の方々の実際を知らずに、ご自分の想像だけで思いこんでらっしゃるようですね。


>「今までに神経症が治ったのは自分と雑用の会のメンバーを含めて4人しかいない」とか、「神経症者は気持が悪い」とか、「自分は健康世界の住人」とか書いてるS氏は本当に神経症から脱出しているのでしょうか?

S氏ご本人の神経症から脱出しているのかを問題にしてもしかたないです。

ちなみに、
気がついた事を申し上げます。
神経症で苦悩された方は「今までに神経症が治ったのは・・・4人しかいない」と断言できることはほぼありません。
「神経症的症状」を持った「精神障害」が考えられます。

「健康世界」ということですが、「神経症」の定義は「精神活動」が「健常」ゆえの機能性障害で、器質性障害ではないのです。それを知ってか知らずか、この方は自分勝手に「脳の狂いによる精神病」と書き換えた上で論じてらっしゃるので、有名なサイトではあるが多くの方が取り上げ評価しようがないのです。
もし、器質性障害であるなら、なぜそれが一瞬で治癒するのか裏付け・証拠があってもよいはずですが、ありませんね。

「神経症」苦悩してらっしゃる方は、マネして「気持」を取り上げないことをおすすめます。
よろしくお願いします。
合掌低頭 、不識
2016.09.26 00:47

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