「ありあわせ」

「心意識」を概念化して、それ(「実際でない概念」)を相手に「良し悪し」をつけ「悪いところ」を「病気」と確信して削除しようと知的努力したことが「神経症」の始まりです。
どれほど「確信」されても、すでに「健常」であり、本来器質的な「病気」ではありませんので
「今の心の様子」の「他」に求めるものはありません。
「神経症」だ「全治」だと仮にそう呼んでいるだけで「実体」はありません。
実際にこの「身心」は迷っていないのですが、「考え」の中だけ「治る」「治らない」があり、
「考え(内容)」と「事実」を混同なさるので「考えの世界」で右往左往しているだけです。
「今の状態」の他に「理想的な自分像」「特別な心境」を求めれば求めるほど「脱線」します。
「不安」の時は「不安」という「全治」です。
「怖い」という時は「怖い」という「全治」です。
「はっきりしない」時は「はっきりしない」という「全治」です。
ですので、「今の心の様子」がどんなであれ「今の心の様子」以外求めない。
「今の心の様子」のまま・「生活上必要なこと」がなされるのです。
合掌低頭






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.03 2017 あるがまま・如如 comment0 trackback0

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