「自分」をモニターチェックしない

原田雪渓老師から頂いた言葉です。
モニターチェックする「自分」は、元々ありません。
合掌低頭











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.15 2013 他の療法との違い comment5 trackback0

Comment

わや
あけましておめでとうございます。

不識さんのおかげで
虚構を作り上げていたことに気付くことができました。

全部ブログの内容が理解できるようになりました。

全治も悟りもなにも無い事が分かりました。

本当にありがとうございます。

ただ目の前だけです。

こうゆう説明がなくなりました。
2014.01.08 00:14
ただいま
わやさん 良かったですね。

私も、ハッキリするように頑張りたいと思います。
2014.01.08 10:50
わや様へ
わやさん、あけましておめでとうございます。

>虚構を作り上げていたことに気付くことができました。

それは、よかったです。
きっかけは、なんですか?

>ただ目の前だけです。

虚構に気付くと、「目の前」しかないのです。
ですから、あえて、そういうこともなくなるのですね。


>全治も悟りもなにも無い事が分かりました。

どのように?
できるだけ詳しくお聞かせください。


よろしくお願いします。
合掌低頭、不識

2014.01.11 19:18
わや
>>ただいまさん
ありがとうございます。いつもただいまさんと不織さんのやりとりを読ませて頂いてました。

>>不織さん
仕事で全然上手く出来ない自分に絶望していました。

なんとか助かりたいと思い不識さんのブログをこれまで以上に真剣に読みました。

「理解ではなくて、そのままになればいいんだ。だからそのままを求めずに何にも残さない。こんな理屈も残さない。残さないも残さない。」等と自分で理解していることを紙に書いたりして、いろいろ自問自答しました。

ですが、それでもどうにもならなくて、もう私はダメなんだと思って。

でもなぜか苦しみながらにして目の前のことをしていたんです。ただパソコンに入力をしていただけなのですが。

苦しいと感じながら、目の前のことをしていました。

それではっきりしました。このように目の前のことをしている。

そのままに、あるがままにしようとしなくても、苦しんみながらパソコンに文字を打ってるじゃないか。(そのままにとかあるがままにって言う必要のないことだけど、そう言わざるを得ないと不織さんが言っていたことも思い出しました。)

そんな中ふと、「自分が無い。」とそう思った瞬間に自分が出現することに気付く。

だから虚構なんだ。自分が考えで作っていたものだったんだ。

私の能力は〜等と言った所で私が無いのにその悩みはなんだ。虚構に対してあれはそれはと言っていたのか。

全治ってなんだ。悟りとは。私もないところに神経症だけがあるのか。いやそうではない。私もないから神経症もない。だから治すべき主体がないから全治も病気もない。悟れる私がないじゃないか。


そうか。分かった。これで十分理解したと自分が残りました。分かるものはないのに。

心配事や、不安に対して。自分の能力の無さに対してふと嫌だなあ。苦しいなあ。寂しいなあと思う。それは虚構だよ。と次の瞬間には移り変わっているものであって、立ち上げても仕方ないことだよと、次第に自分に言い聞かせるようになってました。

ああ、なんでまたこんな言い聞かせるような事をしているんだ、なんで分かった事を自分に使っているんだと思いますが、それもそれで前進。また今、目の前してる訳で。前進もないのですが。。。

長文で失礼しました。
2014.01.12 18:51
わや様へ
長文かまいません。詳しく書いてくださりありがとうございます。

>そのままに、あるがままにしようとしなくても、苦しんみながらパソコンに文字を打ってるじゃないか。・・そんな中ふと、「自分が無い。」とそう思った瞬間に自分が出現することに気付く。


「自分が無いとそう思った瞬間に自分が出現することに気付く。」
は、とてもよいのですが、・・・
文のとおりですと、「苦しんみながらパソコンに文字を打ってるじゃないか。」
と自分で自分を観察していたところもあるようです。

そして、後の文を拝見すると、すぐに、なくなったはずの「自分」を相手にされておるので、「自忘」しきれなかったのかもしれんですね。


>だから虚構なんだ。自分が考えで作っていたものだったんだ。私の能力は~等と言った所で私が無いのにその悩みはなんだ。虚構に対してあれはそれはと言っていたのか。


そうです。
いずれにしても。

「自分が無いとそう思った瞬間に自分が出現することに気付く。」
ことで、「だから虚構なんだ」と、実際上で、気づかれた事は、とてもよいです。



>私もないから神経症もない。だから治すべき主体がないから全治も病気もない。悟れる私がないじゃないか。

そうです。


>そうか。分かった。これで十分理解したと自分が残りました。分かるものはないのに。
>心配事や、不安に対して。自分の能力の無さに対してふと嫌だなあ。苦しいなあ。寂しいなあと思う。それは虚構だよ。と次の瞬間には移り変わっているものであって、立ち上げても仕方ないことだよと、次第に自分に言い聞かせるようになってました。
>ああ、なんでまたこんな言い聞かせるような事をしているんだ、なんで分かった事を自分に使っているんだと思いますが、


そうですね、分かった事を、ないとわかったはずの「自分」に使っては、いわゆる「禅病」になります。


「嫌だなあ。苦しいなあ。寂しいなあ」という思いが出るのは、かまわない。
思いに良し悪しなし。
出しっぱなし。
それらに対して相手取らない。

「嫌だ」「苦しい」「寂しい」という言葉にくくられると、そのような状態が過ぎても、それらの言葉=実際として、あるように思い、相手してしまうんです。
ですから、出しっぱなし。


>それもそれで前進。また今、目の前してる訳で。前進もないのですが。。。


そうそう。
「前進、今、目の前」という抽象的なことでなく、実際の具体化されたこととして、結構です。

わやさんは、よくおわかりのことと思いますが、他の皆さんの参照として、気をつけていただきたいのは、・・・
「自分」取り扱い説明文のように、「前進」「今」「目の前」を、「自分」に掲げて、「自分」に使わない事です。
一所懸命の時、そんな言葉出てくる余裕ないでしょう。


よろしくお願いします。
合掌低頭、不識

2014.01.12 21:56

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