知らなさ、決められなさ、分からなさ

この療法では、認知すること、分かることは、重要ではないのです。
むしろ、それは、「事実」から隔てを作るから「迷い」です。
大切な事は、知らなさ、決められなさ、分からなさです。
つまり、分からなさで言えば、分かる・分からないに属さないのです。
それを「全治」と言います。

合掌低頭



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.25 2014 他の療法との違い comment2 trackback0

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ただいま
今までは「どうしたら?」の塊(そのもの)だったと思います。

今でも「この感覚か?これか!?どうしたら・・・」

などと出ます。

しかし、その言葉が小さいのです。

柳がそよぐように、揺らすだけです。

今までは、本気にその言葉になってました。

何がなんだかわかりませんが、生活しています。
2014.05.27 10:56
ただいま様へ
>その言葉が小さいのです。

小さくとも大きくとも同じことです。
このように、ご「自分」を観察し、説明することから離れることをおすすめします。

つまり、一所懸命に生活する。

「一所懸命」ということを先に掲げない、「一所懸命」ということを忘れているということが一所懸命です。
一所懸命といっても、バリバリ、汗水たらしてばかりではありません。やる気のない時はやる気のないまま(の生活)に徹する(三昧になる)ということです。


>何がなんだかわかりませんが・・・

ご自分でご確認ください。
わからないというその時というのは、わからないということもわからないのです。

「自分」について、わかることから離れる。
つまり、・・・
生活に徹する(三昧になる、「自分」を忘じる)ということです。

よろしくお願いします。
合掌低頭、不識
2014.06.02 00:19

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