ある僧侶の話

カッコ内がこの僧のメッセージで、コメントさせてもらいました。

>「自分に対して仏教を処方する、癒す」
これはおすすめしません。十分ご承知でしょう。

>「怒りを観察してそれをスル―する」
観察してスルーしようとする分、余計なことです。スルーしようという時(認識した時)には、それ自体もう過ぎ去っているのです。「怒りそのまま、怒りと一体にある」ことと「怒りの行動」に出るということは別です。「心」は怒っていて、それに関係なく、「行動」はその場に応じて必要な事をすることでよいのです。「心」と「行動」が不一致だと ロジャーズ派のカウンセラーに反論されるかもしれません。「状況に応じた行動」ができていれば問題なし。実際は、「行動」した瞬時、「心」も同期してしまうのです。

>「認められたいをやめませんか」
「承認欲求」をやめる前に、「承認される自分」を認めないこと。「欲求」をやめようというのは「欲求」にふりまわされているんでしょう。やめようとすると「心の用事」になり、「自分」対「自分」の葛藤になります。ですから、「欲求」を使ったらよいのです。

合掌低頭



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.24 2014 他の療法との違い comment0 trackback0

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