「リラックス」

「リラックスしよう」としない。
「自分」「心」を認めて、目的にしないことです。
合掌低頭





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.10 2015 他の療法との違い comment23 trackback0

Comment

レッド
不識さん

色々とありますが、ただ自分の方を相手にせず、外へ、外の目的達成の為にこの心身を使っています。これで色々な悩みから解放されました。ありがとうございました。更なる地獄へ落ちようと構いません。
2015.05.14 21:41
レッド
この心身を使うというと、自分がもう一人いるみたいな言い方ですが、実際は見たり聞いたり何かをやったりしているだけです。
2015.05.16 16:52
わや
 お世話になっております。

 心意識に言葉を使わないようにして生活をした所、かなり楽になったというか、一切言葉にしないことで苦しみが分からなくなりました。

 「楽」、「苦しみ」、「言葉を使わない」と言葉を使うとその状態は過ぎ去っているのに、悩んでしまうとはこのことかと思いました。

 
2015.05.16 23:49
通りすがり
不識様、はじめまして。

人生問題解決というブログ掲示板に以下かきこまれてあって。。

>『父母未生以前本来の面目』、内容は母親のお腹にいた時の貴方

(の気持ち)は何か?です

↑なんか、母親のお腹にいた時の貴方(の気持ち)を問質す公案

なわけないと思うんですがね。間違いですよね。

このブログの主旨からはずれてたら、無視してください。。

2015.05.17 13:50
レッド様へ(5.14 21:41)
>ただ自分の方を相手にせず、外へ、外の目的

「外へ」「外の目的」活動だけでしたら、
「外」がすべてとなり、「外」がなくなります。
世界に「女性」だけだったら、「女性」という言葉は不要になるように。

「外」がなくなる時、(もともとなかったのですが…)「内」がなくなります。
「相手」にしていた「自分」がなくなります。(もともとなかったのですが…)

>これで色々な悩みから解放されました。

「今」と仮に呼ぶ時、「色々な悩み」はありません。
ないところに、みずから、「悩み」をつくっていたのです。
ご承知でしょう。

よろしくお願いします。
合掌低頭、不識

2015.05.19 05:02
レッド様へ(5.16 16:52)
わかりました。
合掌低頭、不識
2015.05.19 05:04
わや様へ
>一切言葉にしないことで苦しみが分からなくなりました。

よかったです。
「言葉」が出る前のあるがまま事実だけの状況では、「苦しみ」「楽しみ」と分かれていないのです。
「神経症」的「苦しみ」は「言葉」なくして成立しないからです。


>その状態は過ぎ去っているのに、悩んでしまうとはこのことかと思いました。

そうです。
悩んでしまうとは、「言葉」に置き換えた「考えの世界」、事実そのものとは別の「虚構世界」でやりくりしていたんです。
その時、その熱心な「努力」が面白くなかったのは、「考えの世界」=事実そのものと勘違いしていたからです。

ご承知のとおりです。

よろしくお願いします。
合掌低頭、不識
2015.05.19 05:07
通りすがり様へ
>>『父母未生以前本来の面目』、内容は母親のお腹にいた時の貴方(の気持ち)は何か?
>間違いですよね。

おっしゃる通り、「間違い」です。
いずれにしても、「気持ち」「心」に用事なし。

「父母未生以前本来の面目」で問われているのは、「今」と仮に呼ばれている瞬時です。
つまり、「私」「貴方」「地球」「月」「太陽」が生じる前。

よろしくお願いします。
合掌低頭、不識

2015.05.19 05:13
-
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2015.05.19 16:40
わや
お世話になります。

>「言葉」が出る前のあるがまま事実だけの状況では、「苦しみ」「楽しみ」と分かれていないのです。

「あるがまま事実の状況」と聞くと何か特別な心境があるのではないかと思いますが、言葉を使用していない間ですね。

>「神経症」的「苦しみ」は「言葉」なくして成立しないからです。

幼少期に辛いことはあったはずなのに、それが悩みにならなかったのは、「辛さ」「悩み」と言葉で捉えることをしていなかったからですね。
2015.05.24 03:04
わや様へ
>「あるがまま事実の状況」と聞くと何か特別な心境があるのではないかと思いますが、言葉を使用していない間ですね。

おっしゃるとおり、「何か特別な心境」ではないです。
出る以前で、認識以前です。

>幼少期に辛いことはあったはずなのに、それが悩みにならなかったのは、「辛さ」「悩み」と言葉で捉えることをしていなかったからですね。

そうです。
「辛い状況」は「その時」あって「その場」限りで終わってしまっていたんです。
事実・実物(のようなもの)は通り過ぎていってしまっているのに、それを写し取った情報が残り、それを実物として扱うから、何度も反芻し、あるいは、予想し、(事実から離れた「考え」の中で)悩むのです。

よろしくお願いします。
合掌低頭、不識
2015.05.25 19:22
(5.19 16:40)様へ
ありがとうございます。
何かお気づきの点がありましたら、ご教示ください。
よろしくお願いします。
合掌低頭、不識

2015.05.25 19:26
レッド
不識様

お返事ありがとうございます。

>「外」がなくなる時、(もともとなかったのですが…)「内」がなくなります。
>「相手」にしていた「自分」がなくなります。(もともとなかったのですが…)

まだ自分が残っているような感じがします。時々なんて不幸な人生だとみっともない行動を取ってしまいます。まだ全ての悩みは消えて居ませんでした。ただいつまでもそこに留まって歩みを止めるようなことは無くなったように思います。
2015.05.25 23:27
-
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2015.05.28 14:28
レッド様へ
>まだ全ての悩みは消えて居ませんでした。

「内向き」の悩みは「内向き」しない限り、成り立ちません。
「内向き」の問題があると仮におっしゃるなら、「内向き」している証拠です。
「必要」に動かされるまま「外向き」です。

ただ、「外」の問題は次々と出てきます。
「必要」に応じて対処していくだけです。

>ただいつまでもそこに留まって歩みを止めるようなことは無くなったように思います

けっこうです。

「歩みを止めるようなことない」
⇒結果として、「自分」を相手しない。
=「幸福不幸」の基準で評価しない。
=いわば、真の「幸福」。

よろしくお願いします。
合掌低頭、不識
2015.06.01 00:42
(5/28, 14:28)様へ
>「ありのまま」がありのままと分かっただけではまだ途中


「ありのまま」という「言葉」が出される以前、常に変化している様子を、『ありのまま』と仮に呼んでいるのです。
講話で言うと、先生がマイク(と呼ばれるもの)を手にして、「マイクロフォン」という名前とデータで認識され、「対象」とされる以前の、その見えたままの、状態です。

「まだ途中」とは、
「ありのまま」という事実の世界を二元的「考え」の世界から、分かった形で、「言葉」の世界で説明し理解するのとは別ということです。
「ありのまま」という事実の世界を事実そのものとひとつ(「これが私」を忘れられた)のまま、じかに、事実する事が大事というお示しです。

ついでにですが、
「途中」というも方便で、「途中」という固定的な様子も実際にはありません。


>「認めない」とはどういう事でしょうか。

一言で、「ありのまま」にありきる(「これが自分」を忘れきる)ということです。

「ありのまま」は、いわば、常に変化しているから、固定的な実物・実体としてつかみきれない状態を仮にそう呼んでいるのです。
それは、「無自性・空」、「芯」がない、「中心・核」がないまま、いろいろな「縁」で集合離散しながら活動している状態です。

「認めない」とは、そのような常に変化し流動してとらえきれない様子を、不変的、固定的なこととして、「ありのまま」という概念で、つかみきれない・認識しようがないことです。

ですから、
「ありのまま」・「事実」を認めた時を「迷い」と呼び、「ありのまま」・「事実」を認めない時を「悟り」と呼ぶのです。
つまり、
「ありのまま」と分かる形に認めた時、「ありのまま」という目的語と「ありのまま」と理解する「私」という主語が立ちあがる時、迷うのです。
「認識したこと」を事実そのものと勘違いして、後追いするからです。

ちなみに、「ありのまま」と理解する「私」が立ちあがる時、その「私」は、「ありのまま」の外に飛び出た「傍観者」になってしまいます。それは、「考え」の中だけで実際にはありえないことです。

…このように、「言葉」で説明すると難しく響きますが、
何のことはない、
井上義衍老師ですと、手を叩いて、パンです。
(ありのままという)「言葉」「考え」さしはさむ前、いきなり、聞きたい聞きたくないという「本人の見解」に関係なく、音が聞こえてくるというありのままの事実です。

「ありのまま」・「事実」を認めようのない時は、いつかと言うと、「今」と仮に呼ばれる、認識が及ばない瞬時です。


余計な「説明」が「行」の邪魔にならないように願うばかりです。
合掌低頭、不識
2015.06.01 01:06
(5/28, 14:28)様へ
返答するアドレスとハンドルネームをいただけないので、このような形になっています。あしからず。
合掌低頭、不識
2015.06.01 01:09
わや
お世話になっております。お返事ありがとうございました。
2015.06.01 21:57
レッド
お返事ありがとうございます。
外の問題は本当にたくさんありますね。
自分では対処しきれない物もあり、放って置いてしまっています。
全ての問題を解決しなければ、人生を楽しんではいけないような気がしていました。愚かだったのかもしれません。
今はそこら辺がもっと適当で良いのではないか?余程急を要する問題でなければ、好きなことをやっていて良いのではないか?と思うようになりましたが如何でしょうか?

あと、他の方への回答ですが、気になったので質問させてください。
マイクロフォンが常に変化しているということですか?
全てに実体が無いというのが良くわかりません。
教えてください。
2015.06.08 00:14
わや様へ
ありがとうございました。
合掌低頭、不識
2015.06.08 00:46
レッド様へ
>今はそこら辺がもっと適当で良いのではないか?余程急を要する問題でなければ、好きなことをやっていて良いのではないか?と思うようになりましたが如何でしょうか?

「…思うよう」なまま、「生活上の必要」に、もよおされていくのです。

>マイクロフォンが常に変化しているということですか?


「マイクロフォン」と呼ばれるものを認めて、それが変化しているというのではありません。

ただ、「変化」と呼ばれる動きです。


>全てに実体が無いというのが良くわかりません。

こうだと決まらないということです。「今」です。

よろしくお願いします。
合掌低頭、不識
2015.06.08 00:52
-
このコメントは管理人のみ閲覧できます
2015.07.13 07:38
(7.13 07:38)様へ
了解しました。
よろしくお願いします。
合掌低頭、不識
2015.07.20 17:05

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