「不自由の自由」 

思い通りにならないもない・思い通りになるもない。
不自由もなく、自由もない。
単に、「生活上の必要」にもよおされるのです。
合掌低頭







.15 2018 あるがまま・如如 comment0 trackback0

「心に用事なし」-10

「心における答」を出す前に、「生活上の必要」にうながされるのです。
「不問」のすがたです。
「心の葛藤・矛盾・とらわれ」が解決する前に、いきなりの「生活」です。
「外向きの活動」=「心」です。
「心」の方から整理しようとするのでなく、ぶっつけの「外向き活動」です。
「事実」が先、「考え」は後です。
単に、「生活」上必要な事に、もよおされていくの(=葛藤・矛盾・とらわれの解決)です。
合掌低頭



.03 2017 あるがまま・如如 comment0 trackback0

「心に用事なし」-9

「不安」だけだったらそれは「問題」にはならないのです。
「不安」が浮かんでも手をつけなければ消えていくことを知ってください。
「病気」と認識し治そうとする事は「間違い」です。
不合理な「心意識」に合理的な「知性」をもって、やりくりなさらない事です。

逆に、どんな「感情」も留めておく事はできません。
「心意識」は、例えば、「一つのチャンネルに一つの番組」しか入らないように、
次々に「思い」が出たら、次々入れ替わるからです。
ほっておけば消えてしまうのです。

「不安(と呼ばれる前の)状態」を「不安という概念」に置き換え情報化したものを、
ナマの「不安という状態」(概念化した時は過ぎ去っている)と錯覚しているんです。
その情報化された「不安という概念」を相手する「事実から離れた虚構の作業」で、
「自分」が「自分」を苦しめている事を知ってください。
それは、「神経症に苦悩する場合」をはじめ「一般的な療法・修行」を含めて言える事です。

「因縁生因縁滅」、「不安」の時は、「不安」のまま、「不安」はない。
単に、「生活」上急がれることに動かされていく(=不安のまま・ない現成)のです。
合掌低頭






.26 2017 あるがまま・如如 comment0 trackback0

「強迫観念」-3

「強迫観念」=「☓」、「その他の観念」=「〇」として、「☓」を排除しようと工夫する時、うまくいきません。ただ、「心意識」をコントロールしようとしない時、「問題」はありません。
例えるなら、「思い」「考え」が出てきて、メガネレンズ上にそれらが「テロップ」として流れるイメージです。それらが出る時出るままです。
ところが、そこに注目し排除しようとすればするほど、「メガネの向こうの事実」からはずれて、「メガネ上の概念化された心意識」ばかり見るようになります。
ですので、「心に良し悪しなし」、「心に用事なし」に、「メガネの先の事実」上に「生活」です。
そちらにフォーカスすると(メガネ上のテロップは出てくることもあるのですが、ピントがずれてわかりませんので)「ない」と同然になります。
単に、目に見える手で触れる「事実」上に「生活」です。
合掌低頭






.29 2017 あるがまま・如如 comment0 trackback0

「心に用事なし」-6

「自己意識内容」を観察し概念化し、事実から離れた「言葉」に置き換えられた「概念化された心」を相手にして、「良し悪し」をつけ、「良い」方残して「悪い」方を改善しようとしない。
「非合理な心意識」を実体と認識し、「合理的な知的工夫」を加えて制御・排除しようとして、
「心」に注文・命令・批判するような「心の用事」をするから「葛藤」し「苦悩」するのです。
そこで「心の用事」を止めようとしますとそれ自体が「心の用事」になります。
結果として止むのが良いのです。
それでは結果「止める手段」として「外向き生活」すると、それも「心の用事」になります。
単に「生活」上急がれることに動かされていくだけです。
合掌低頭







.15 2017 あるがまま・如如 comment4 trackback0
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