「不自由の自由」 

思い通りにならないもない・思い通りになるもない。
不自由もなく、自由もない。
単に、「生活上の必要」にもよおされるのです。
合掌低頭







.15 2018 あるがまま・如如 comment0 trackback0

「隻手の音聲」

清流に手を入れると白濁するという白隠禅師の例えを先生は親切と言われた如く、
「神経症という現状公案」もそのまま、
「生活上の必要」にもよおされるのです。
合掌低頭






.07 2018 他の療法との違い comment1 trackback0

「概念化の矛盾」

「苦悩」は、「概念」=事実そのものと錯覚することより起こります。
「治った・治らない自分」と概念化し「心の用事」が始まる以前、
「生活上の必要」にもよおされるのです。
合掌低頭






.31 2017 他の療法との違い comment0 trackback0

「分かる」と「治る」は別-2

「森田理論学習会」では、「人間観」など「認知の修正」により「治る」と言われるようです。
「知性」は「外」に「有効な道具」ですが、「概念化された自分」は「迷いの根源」となります。
「・・・という事(かと分かる)」に、とどまる・腰をかけると「脱線」です。
繰り返しますが、このブログに騙されないようにご注意ください。
「分かった事」を「考えた自分」に向けて応用し・やりくりなさらないように。
「記事」は「分かる形」で表現されていますが、「分かる事」を離れていただく「趣旨」です。
「分かる」以前に、すでに、このとおりの「全治」の場に立っているのです。
それは、「分かる事」が先に立つと見えないのです。
単に、いきなり、ぶっつけ、「生活上の必要」にもよおされるのです。
合掌低頭






.24 2017 他の療法との違い comment0 trackback0

「事実唯真」-7

「神経症になることもでき、治ることもできる」とは玄雄先生の言葉です。
「私」によってなされるのではなく、「因」と「縁」で現われ消えていくのです。
「神経症」の時は「神経症」が「真実に生きる姿」です。
「治り」の時は「治り」が「真実に生きる姿」です。
「今の状態」が「道」です。
「生活上の必要」あれば、単に、動かされるのです。
合掌低頭






.17 2017 他の療法との違い comment0 trackback0
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